今回は摩擦音のスペクトログラム上の特徴を学びます。特に,摩擦音の調音位置を反映する特徴であるCoG(Center of Gravity)の計測方法を学びます。
摩擦音の基本的な音響的特徴
まず,サンプルファイル su_shu.wav をダウンロードし,Praatで開いてみてください。
ここには「ス」と「シュ」の発音が含まれています。このファイルのスペクトログラムを見てみて,摩擦音がどのような特徴を持つか観察してみましょう。

スペクトログラム上でどの部分が摩擦に相当するか,わかるでしょうか?各発話の前半部分が摩擦に相当する部分です。
摩擦成分は,かなり高い周波数域まで現れることがあります。Praatのデフォルトの設定では,周波数の最高値が5000Hzになっています。設定を変えて,より高い周波数域まで表示させてみましょう。SoundEditor上部メニューの,Spectrum -> Spectrogram settingsで,View rangeの最高値を変えてみましょう。例えば,下の図は最高値を20000Hzにしたものです。(ただし,サンプリング周波数の半分(これをナイキスト周波数と呼びます)を超える周波数域は分析することができないので,表示の上限がナイキスト周波数を超えないよう注意しましょう。)

これをみると,「ス」の子音のほうが「シュ」の子音よりも,スペクトログラム上で上の方が濃くなりがちであることがわかると思います。つまり,「ス」の子音のほうが高い周波数域にエネルギーが分布しがちであるということです。両者はともに摩擦音ですが,調音位置が異なります。この調音位置の違いが,周波数における分布の違いに反映されています。
CoG(Center of Gravity)の計測
上ではスペクトログラム上の特徴を観察しました。注目のポイントは、摩擦区間において、縦軸上のどのあたりが濃くなっているか(つまり、エネルギーがどのあたりの周波数域に集中しているか)です。これを定量的に捉えるにはどうしたらよいでしょうか。一つの方法として、Center of Gravity(重心、加重平均、略してCoG)を計測するというものがあります。
まず、摩擦区間における時間軸上の中心付近40 ms(0.04秒)を切り出しましょう。下の図のように、Sound Editor上で摩擦の中心付近約40 msの区間を選択します(これを正確にやるには、スクリプトが便利です。以下では大雑把に約40 msを選択しています。)

つづいて、上部メニューから Sound > Extract selected sound (windowed)… を選択し、Window shapeについてHammingを選択(つまり、Hamming windowを用いる)して切り出します。ここでは分かりやすいように,名前をsとします。

これにより、オブジェクトウィンドウ上に切り出したSoundオブジェクトが出来上がります。つづいて、オブジェクトウィンドウ上でこのオブジェクトを選択した状態で右側に現れるコマンドからAnalyse spectrum > To Spectrum…を選ぶと、Spectrumオブジェクトが出来上がります。

このオブジェクトを選択した状態で、右側に現れるコマンドからQuery > Get centre of gravity… を選ぶことで、CoGを計測することができます。(なお,40msをハミングウィンドウをかけて切り出し,そのスペクトルに対してCoGを求めるというのは,Li 2008をに参考にしています。)

ところで,Forrest et al. (1988) は,摩擦音について Spectral Moment Analysis という分析手法を提案しています。この分析ではM1~M4の四つのパラメターを計測しますが,このうちM1が上のCoGに相当します。なお,M2~M4はそれぞれ,スペクトルの分散,歪度(skewness),尖度(kurtosis)に対応します。
参照文献
Forrest, K., Weismer, G., Milenkovic, P., & Dougall, R. N. (1988). Statistical analysis of word‐initial voiceless obstruents: preliminary data. The Journal of the Acoustical Society of America, 84(1), 115-123. [論文リンク]
Li, F. (2008). The phonetic development of voiceless sibilant fricatives in English, Japanese, and Mandarin Chinese. PhD dissertation, Ohio State University. [論文リンク]
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