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音声の音響分析はしばしば,単音ないしは特定の音声的特徴に関する区間(例えば閉鎖や帯気の区間)の境界を確定していくという作業を伴います。この作業はセグメンテーション(segmentation)やアラインメント(alignment)と呼ばれることがあり,ここではセグメンテーションと呼ぶことにします。セグメンテーションは,次のページで扱う持続時間の分析において重要であるほか,音響分析の様々な場面で重要となります。例えば,母音のフォルマントの計測の際に母音区間の中央で計測しようとするならば,まず母音区間がどこからどこまでかを定めなければなりません。

セグメンテーションは手作業で行うこともあれば自動で行うこともあります。自動ではまだ精度に難点があるため,自動で行ったあとに手作業で修正することもあります。

手作業でのセグメンテーションとその際の基準

セグメンテーションの作業をPraatで行う場合は,TextGridのinterval tierを用いることが一般的です。(TextGridの操作方法についてはこちらのページ。)

セグメンテーションに関しては,音の連鎖の組み合わせによって,境界の判断が容易なものもあればそうでないものもあります。例えば,[ma] という連鎖においては,鼻音と母音はフォルマントやエネルギーなどがはっきり異なり,切り替わるタイミングはほとんど瞬間的であるので,境界の確定は比較的容易です。一方,[ai] のような母音連続においては,[a] の典型的なフォルマントの位置から [i] の典型的なフォルマントの位置へと徐々に移行していくので,境界の確定は容易ではありません。

セグメンテーションについて知っておくべきは,多くの場合そもそも正解があるわけではないということです。音声は音の連綿とした連なりであって,「わたり」や調音結合が頻繁に生じます。二つの単音の中間付近においてはしばしば前後の二つの音の特徴が混ざり合うので,どちらか一方の音に属すると考えること自体が理論的に無理があるというケースが少なくありません。それでも,分析に際しては,それが便宜的なものに過ぎないとしても,境界を決めなければなりません。その際には,何らかの客観的な基準を持つことが重要です。

セグメンテーションの基準の立て方は音の組み合わせによって異なり,また,同じ組み合わせであっても,研究の目的や研究者の考え方の違いにより様々です。しばしば用いられる基準としては,例えば母音の終端の確定において「第2フォルマントが明瞭に出ているところまで」とするなどがあります。セグメンテーションの判断材料としてはスペクトログラムと原波形を用いることが多いですが,基本周波数やインテンシティを参考にすることもあります。

セグメンテーションの基準については,多くの場合個々の論文の中で示されていますので,信頼できる研究論文の中の該当箇所を注意深く読むと良いでしょう(そもそも,論文においてはセグメンテーションの基準を明示しておくことが望ましいです)。より一般的な観点からセグメンテーションについて論じた論考としては,Turk et al.(2006)があります。ただし,この論文で提案する基準もひとつの提案に過ぎないということを理解してください。また,藤本他(2006)は,国立国語研究所・日本語話し言葉コーパスの構築作業において用いられた基準をまとめたものです。

ところで,これとは別に,Praat上でセグメンテーションをしていく際にどのようなラベルを用いるかという技術的な問題があります。PraatではIPAで入力することも可能ですが,データを他のアプリケーションソフトで扱う可能性も考えると,よりコンピュータで扱いやすい文字を使ったほうがよさそうです。また,音素レベルで記述するか異音レベルで記述するかという問題もあります。これについても特に正解はありません。作業全体で一貫したラベルを用いればよいでしょう。

自動セグメンテーション

自動セグメンテーションについては,Praat以外のツールがよく用いられます。代表的なものとして以下のツールがあります。

参照文献

藤本雅子・菊池英明・前川喜久雄 (2006) 「分節音情報」 『国立国語研究所報告124 日本語話し言葉コーパスの構築法』 国立国語研究所. [報告書のページ] (PDFをダウンロードできる)

Turk, A., Nakai, S., & Sugahara, M. (2006). Acoustic segment durations in prosodic research: A practical guide. In S. Sudhoff, D. Lenertova, R. Meyer, S. Pappert & P. Augurzky (Eds.), Methods in empirical prosody research (pp. 1-27). Berlin: Walter De Gruyter. [Amazonリンク]