Prosodyという用語は、言語学においては「プロソディー」または「韻律」と訳されます。ここでは「プロソディー」と呼ぶことにします。
なお、「韻律」という用語は韻文の研究でも(西洋の韻文についても、東洋の漢詩においても)用いられることがありますが、言語学における「韻律」とは意味が若干異なるので、注意が必要です。ただし、韻文の「韻律」の研究と言語学における(とりわけ音韻論における)プロソディー/韻律の研究には重なる部分があるので、両学問分野の「韻律」が全く異なるというわけでいうでもありません。
以下では、プロソディーの概略を見ていきます。
プロソディーとは何か
プロソディーとは、ピッチ(pitch; 高さ)、大きさ(loudness)、長さ(length)の変化によって生み出される音声の諸現象の総称です。プロソディーの構成要素としてピッチ、大きさ、長さ以外を含めるかは研究者によって見解の分かれるところであり、声質(voice quality)をプロソディーの構成要素に含める見解もあります(例えば、Campbell and Mokhtari, 2003)
なお、音声のうち、単音(子音や母音)にかかわる特徴を分節的特徴(segental features)と呼ぶのに対し、プロソディーにかかわる特徴を超分節的特徴(suprasegmental features)と呼ぶことがあります。これは、「音声学:序論」の中の「単音、分節的特徴と超分節的特徴」のページで説明したとおりです。
プロソディーにかかわる心理的尺度と物理的尺度
プロソディーの構成要素としてのピッチ、大きさ、長さは心理的尺度とみることができます。つまり、ピッチが高いか低いか、音の大きさが大きいか小さいか、音の長さが長いか短いかは心理的な感覚であって、心理学的なアプローチによって尺度にすることができるということです。
一方で、これらの心理的尺度は、物理的な尺度と相関があります。これについてまとめたのが以下の表です。
| 心理的尺度 | 物理的尺度 |
| ピッチ(高さ;pitch) | 基本周波数(fundamental frequency; f0; fo) |
| 大きさ(loudness) | インテンシティ―(物理的強度; intensity) |
| 長さ(length) | 持続時間(duration) |
ここで注意すべきことは、心理的尺度と物理的尺度は相関を持つということであって、同じものではないということです。同じではないゆえ、左に示した尺度に対して、その右に示した尺度以外が影響することがあります。例えば、基本周波数が異なる条件下では、インテンシティ―が等しくても(心理的な)音の大きさは異なります。また、物理的尺度が2倍になったからといって心理的尺度が2倍になるわけではないことにも注意が必要です。例えば、基本周波数はHzという単位であらわすことができますが、基本周波数が 200 Hz の音は基本周波数が 100 Hz の音より2倍高く聞こえるというわけではありません。
ピッチと相関を持つ「基本周波数」については、「音響音声学」の中の「共鳴と母音のフォルマント」の中でも説明しました。基本周波数はf0(エフゼロ)またはfo(エフオー)と略されることもあります。
プロソディーの機能
プロソディーは様々な機能を持っています。主なものとしては、語の弁別、境界表示、文の意味、パラ言語的情報・感情の伝達を挙げることができます。
(1) 語の弁別
言語によっては、プロソディーが語の弁別の機能を担います。つまり、プロソディーによって語の意味が変わることがあります。(ただし、世界の言語の中には、プロソディーが語の弁別の機能を担わない言語もあります。)
以下の例では、語は主にピッチによって弁別されます。
- 日本語:「雨」(アメ)、「飴」(アメ)
- 中国語: “妈”(ma; 「お母さん」)、 “麻” (ma; 「麻」)
ここでの日本語での現象は一般に「アクセント」と呼ばれ、中国語の現象は「声調」と呼ばれます。
なお、「アクセント」や「声調」という用語の定義や区別は言語学において単純ではありません。特に、「アクセント」については、アメリカの言語学では「イントネーション」(後述)の構成要素となるものを「アクセント」(accent)と呼ぶことがあるので、注意が必要です。これらの用語については、後のページで説明していきます。
(2) 境界表示
句や文に切れ目をつける、あるいは切れ目の程度を大きくしたり小さくしたりすることも、プロソディーの機能の一つです。例えば日本語の以下の例を考えてみましょう。
- 「きれいな姉の家」
ここで、「きれいな」が「姉」を修飾するのか「家」を修飾するのかでプロソディーが変わります。
このようなケースについて、言語学的には、プロソディーによって境界の強さの程度が示され、それと統語構造が関係するのだと解釈することができます。上のフレーズの場合、「きれいな|姉の|家」には、|で示す二つの境界があり、その境界の強さの程度のつけ方にプロソディーがかかわっているということです。
(3) 文の意味
プロソディーには、文の意味を区別する機能もあります。例えば、以下の日本語の例を考えてみましょう。
- 「バナナを食べる」↘︎
- 「バナナを食べる」↗︎
ここで ↘︎ は最終モーラ内での下降(あるいは非上昇)のピッチをあらわし、↗︎ は上昇のピッチをあらわすこととします。後者は平叙文と対応し、後者は疑問文と対応します。つまり、文の最終モーラのピッチによって平叙文か疑問文かという文レベルでの意味が区別されているということができます。
この現象は一般に、「イントネーション」と呼ばれます。イントネーションは一般に、文の意味にかかわるピッチの変化と定義することができます。上の境界表示も、それがピッチによってなされる場合、イントネーションに含められることがあります。語の意味にかかわるピッチ変化はイントネーションには含めないことが、言語学では一般的です。
ところで、上述の例のように疑問文でピッチが上昇するという現象は、様々な言語に観察されます。そのため、この現象を普遍的なものだと思う人もいるかもしれません。しかし、世界の言語の中には、疑問文で上昇以外のピッチ変化を示す言語もありますし、平叙文と疑問文とでピッチに違いがないという言語もあります。イントネーションの特徴は、言語によってけっこう違いがあります。
(4) パラ言語的情報、感情の伝達
「パラ言語」(paralanguage)あるいは「パラ言語的情報」(paralinguistic information)とは、言語と非言語の中間に位置する情報を指します。例えば、強調とか疑念といった情報です。パラ言語(的)は「準言語(的)」といわれることもあります。
感情は怒りや悲しみなどのことですが、感情が音声に反映されるとき、それをパラ言語の一部とみなすか区別するかは、研究者によって見解が異なります。(パラ言語的情報とは何かについては、前川・北川 2002 や Ladd 2008 が参考になります。)
パラ言語情報や感情は、プロソディーに反映されることがあります。そして、聞き手にとっても、プロソディーは、話し手の伝えようとするパラ言語情報や、話し手が抱いている感情を読み取るための重要な手がかりとなります。
この後のページについて
子音や母音については普遍的な枠組みによって説明してきましたが、プロソディーについては、普遍的な枠組みよりむしろ、個別言語の特徴から出発したほうが説明がしやすい面があります。また、プロソディーについては、音声学と音韻論を切り離して論じることが難しいという面もあります。そこで、ここから後のページでは、日本語(東京方言)、日本語(その他の方言)、中国語、英語のプロソディーを題材とし、音声学と音韻論を合わせた観点から説明をしていきます。
参照文献
Campbell, N., & Mokhtari, P. (2003). Voice quality: the 4th prosodic dimension. In Proceedings of the 15th International Congress of Phonetic Sciences (pp. 2417-2420). [論文リンク]
Ladd, D.R. (2008). Intonational phonology, 2nd edition. Cambridge: Cambridge University Press. [Amazonリンク]
前川喜久雄・北川智利. (2002). 「音声はパラ言語情報をいかに伝えるか」『認知科学』 9(1), 46-66. [論文リンク]