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前のページでは、語よりも大きいレベルでの日本語のプロソディーの特徴として、句頭の音調を取り上げるとともに、それに対するいくつかの理論的な解釈を紹介しました。このページでは、語よりも大きいレベルでのもう一つの重要な特徴として、ダウンステップを取り上げます。また、ダウンステップと似ているが区別すべき現象として、自然下降も取り上げます。

なお、このページでは、東京・首都圏の発音(および、それに類する発音)に限定して話を進めます。

自然下降

以下の図は、「ナナコとナオコとマイコとマユコ」というフレーズのfo曲線です。(なお、ここに出てくる四つの名前は、語頭から2モーラが共鳴音のみから成り、かつ、初頭モーラの母音が/a/であるものにそろえています。これは、子音や母音のfoへの影響をなるべく避けるためです。)

図1:「ナナコとナオコとマイコとマユコ」のfo曲線

「ナナコとナオコとマイコとマユコ」

このfo曲線をみると、四つの名前がいずれも頭高型であるにもかかわらず、そのピークがだんだんと低まっていることがわかります。また、文節の終端付近に現れる谷の底点のfoもだんだんと低まっていることがわかります。

このように、時間軸上で前から後ろに(図では左から右に)いくにしたがって、foの上限と下限が低まっていく現象を、自然下降(declination)といいます。自然下降は多くの言語で観察される傾向であり(Vaissière 1983)、呼気段落(breath group)の進行に伴う(つまり一息の発話の中でだんだんと生じる)声門下圧の低下による生理的な現象だとする説があります(Lieberman 1967)。一方で、自然下降は生理的要因だけでは説明できず、話者によって言語的に制御されているという主張もあります(Ladd 1984; Yuan & Liberman 2014)。

ダウンステップ

ダウンステップとは

まず、以下の二つの文がどのようにピッチパターンで発音されるか、考えてみましょう。(なお、「甘い」は平板型でも頭高型でも発音されえますが、ここでは平板型で発音された場合を想定します。)

  • 甘い豆をたくさん食べた。
  • うまい豆をたくさん食べた。

これらの録音サンプルとそのfo曲線を示したのが以下の図です。

図2:「甘い豆をたくさん食べた。」のfo曲線

「甘い豆をたくさん食べた。」

図3:「うまい豆をたくさん食べた。」のfo曲線

「うまい豆をたくさん食べた。」

これらの二つの図について、特に前半の「甘い/うまい 豆を」の部分に注目して比べてみると、foの現れ方が全く異なることがわかります。「甘い豆を」では、平板型の「甘い」からその後の「豆」まで高いfoが維持されたまま、「メ」の直後で高い位置から急激にfoが下降しています。これに対し、「うまい豆を」では、中高型の「うまい」でfoが下降したのち、低い高さから「メ」でさらに下降していることがわかります。つまり、「うまい豆を」では階段状に二回に渡って下降しているのです。

日本語のプロソディー研究において、有核語の後でfoの上限が低めに抑えられる現象は「ダウンステップ」(downstep)と呼ばれます(例えば、Kubozono 1989)。同じ現象を指す用語として、かつては「カタセシス」(catathesis)という用語が用いられていたこともありますが(例えば、Poser 1984; Pierrehumbert & Beckman 1988)、近年は「ダウンステップ」という用語が定着しています。なお、もともと「ダウンステップ」という用語はアフリカの諸言語の声調研究において用いられてきたものですが、それらの言語にみられる現象と日本語にみられる現象はやや異なっているため、注意が必要です(「ダウンステップ」という用語と様々な言語の実際の現象については、Connell 2011 が参考になります)。

ダウンステップと自然下降の違い

ダウンステップと自然下降は、どちらもfoが低下するという点で似ています。しかし、少なくとも二つの点で異なっています。まず、自然下降が多くの言語にみられるのに対し、ダウンステップは特定の言語において特定の音韻的条件下で(例えば、日本語において、有核語の直後の有核語という条件で)生じるものです。日本語に限った現象ではありませんが、多様な言語に観察されるというわけでもなく、また、出現の条件も言語によって異なります。

自然下降とダウンステップのもう一つの違いは、局所性にあります。自然下降が比較的大き目の発話の中で生じるのに対し、ダウンステップはより時間的に狭い範囲で生じます。上の「うまい豆をたくさん食べた」の例では、実は自然下降も観察されます。「うまい」のピークと比べて「食べた」のピークが若干低いのは、自然下降によるものと考えられます。このように、文全体に渡って自然下降が生じている一方で、「豆を」という局所的な区間でダウンステップも生じているのだと解釈することができます。

ダウンステップが生じないケース

ダウンステップは有核語の後で常に生じるわけではありません。次の二つの例を見てみましょう。

図4:「甘い豆をたくさん食べた。」のfo曲線

「甘い豆をたくさん食べた。」

図5:「うまい豆をたくさん食べた。」のfo曲線

「うまい豆をたくさん食べた。」

上の図5(「うまい豆を・・・」)では、「うまい」が有核語であるにもかかわらず、「豆を」のピークは高めに現れています。無核語に有核語がつづく図4(「甘い豆を・・・」)における「豆を」のピークと比べると、図4と図5であまり高さに違いがないことがわかります。

図4、図5のもととなる音声は、「豆を」にフォーカスをおいて発音したものです。このように、統語的・意味的条件によっては、有核語のあとでもダウンステップが生じないことがあります。それがいかなる条件であるかについては、プロソディーと統語論・意味論のインターフェイスの分野において議論がなされています(例えば、Pierrehumbert & Beckman1988; Ishihara 2016)。

ダウンステップと句頭の音調の関係

日本語のプロソディーにおいて、前のページで説明した句頭の音調の分布とダウンステップの分布には、関係があります。前のページで川上蓁の立場(例えば、川上 1957, 1961)を紹介しましたが、そこでは句頭の音調で特徴づけられると単位として(音調)句が設定されていました。川上は「ダウンステップ」という用語自体は用いていませんが、その現象自体は認識していて、(音調)句の内部で生じるものとみなしています。例えば、川上の立場に立てば、図3のケースは、「うまい豆を」が一つの(音調)句を成しており、その初頭に上昇が現れ、内部では有核語の後に(今日いうところの)ダウンステップがみられるということになります。それに対して、図5のケースでは、「うまい」と「豆を」はそれぞれ独立した(音調)句を形成していると解釈できます。

一方、Pierrehumbert & Beckman (1988; 以下、P&B) は、川上とは異なる立場をとります。P&B が句頭の音調によって特徴づけられる単位をアクセント句(accentual phrase)と呼んでいることは前のページで説明した通りですが、一方で、P&Bはダウンステップ(カタセシス)をこれよりも大きい単位で生じるものとみなしています。この単位をP&Bは中間句(intermediate phrase)と呼びます。図3をP&Bの立場に則って解釈するならば、「うまい豆を」は一つの中間句をなし、その内部に「うまい」と「豆を」という二つのアクセント句があるということになります。(図3の「豆を」には句頭の上昇が見えませんが、P&Bの立場では、ここに句頭の音調が存在しないということではなく、弱まっているだけだということになります。)それに対して図5のケースでは、「うまい」と「豆を」の間には、中間句境界があり、同時にアクセント句境界もあるのだということになります。

参照文献

Connell, B. (2011). Downstep. In M. van Oostendorp, C. J. Ewen, E. Hume, & K. Rice (Eds.), The Blackwell companion to phonology: Vol. 2. Suprasegmental and prosodic phonology (pp. 824–847). Wiley-Blackwell. [論文リンク]

Ishihara, S. (2016). Japanese downstep revisited. Natural Language & Linguistic Theory, 34(4), 1389–1443. [論文リンク]

川上蓁 (1957)「準アクセントについて」『国語研究』7.(川上蓁 1995 『日本語アクセント論集』汲古書院に再収録)[Amazonリンク]

川上蓁 (1961)「言葉の切れ目と音調」『国学院雑誌』62-5.(川上蓁 1995 『日本語アクセント論集』汲古書院に再収録)[Amazonリンク]

Kubozono, H. (1989). Syntactic and rhythmic effects on downstep in Japanese. Phonology, 6(1), 39–67. [論文リンク]

Ladd, D. R. (1984). Declination: A review and some hypotheses. Phonology Yearbook, 1, 53–74. [論文リンク]

Lieberman, P. (1967). Intonation, perception, and language. MIT Press. [Amazonリンク]

Pierrehumbert, J. & M.E. Beckman (1988) Japanese tone structure. MIT Press.[Amazonリンク]

Poser, W. J. (1984). The phonetics and phonology of tone and intonation in Japanese [Doctoral dissertation, Massachusetts Institute of Technology]. [論文リンク]

Vaissière, J. (1983). Language-Independent Prosodic Features. In A. Cutler & D. R. Ladd (Eds.), Prosody: Models and measurements (pp. 53–66). Springer. [論文リンク]

Yuan, J., & Liberman, M. (2014). F0 declination in English and Mandarin broadcast news speech. Speech Communication, 65, 67–74. [論文リンク]