摩擦音とは

摩擦音(まさつおん;fricative)とは、声道のどこかに狭めをつくり、乱気流を生じさせて出す音です。破裂音では、声道のどこかに完全な閉鎖をつくっていました。摩擦音の場合、完全に閉じず、多少の隙間をつくった上で、そこで乱気流を起こします。

両唇摩擦音(bilabial fricative)

無声
ɸ

有声
β

斎藤(2006: 39-40)

日本語の「フ」や「ファ、フェ、フォ」はふつう、両唇摩擦音で発音されます。両唇を狭め、そこで摩擦を起こしていることがわかるでしょうか。日本語の「ファ」と「パ」を比べると、前者(摩擦音)は両唇を完全に閉じないのに対し、後者(破裂音)では閉じていることがわかると思います。

唇歯摩擦音(labiodental fricative)

無声
f

有声
v

斎藤(2006: 41-42)

唇歯摩擦音は英語のfとvでつづられる音が代表的です。例えば、英語の “foot” や “victim” の最初の子音です。上歯と下唇で摩擦を生みだします。

歯摩擦音(dental fricative)

無声
θ

有声
ð

斎藤(2006: 42-43)

歯摩擦音は上歯の裏と舌尖ないし舌端で摩擦音をつくる音です。歯間摩擦音と呼ばれる、歯と歯の間に舌先を出すようにして摩擦を生み出す音も同じ記号であらわされ、歯摩擦音の一種とみなされています。英語のthでつづられる音はたいてい、無声ないし有声の歯摩擦音です(例:無声 ”think” の語頭子音、有声 ”this” の語頭子音)。

歯摩擦音はヨーロッパの言語に多く観察されますが、日本語の方言にも観察されることがあります。山梨県の奈良田(ならだ)という集落は、長い間交通が不便で周囲から隔絶された地域でした。この地域の方言では、歴史的に「ズ」だった語において有声歯摩擦音が観察されます。(ちなみに、昔の日本語では水は「ミヅ」、鼠は「ネズミ」でした。しかし、「ヅ」と「ズ」の発音が区別されなくなったため、「ヅ」は「ズ」で表記するように変わったのです。)以下の小西いずみ先生(東京大学)のウェブサイトから発音を確認することができます。

歯茎摩擦音(alveolar fricative)

無声
s

有声
z

斎藤(2006: 43-44)

歯茎摩擦音は上歯茎の裏と舌端でせばめをつくって出す音です。日本語の「サ、ス、セ、ソ」は多くの場合、歯茎摩擦音で発音されます。(「シ」は後で出てくるように、調音位置が異なります。)

日本語の「ザ、ズ、ゼ、ゾ」は、有声歯茎摩擦音になることもあれば、有声歯茎破擦音になることもあるので、注意が必要です(破擦音については、後で学習します)。語中では摩擦音になることが多いですが(例えば、「風(カゼ)」の「ゼ」の子音)、常に摩擦音になるとは限りません。摩擦音では完全な閉鎖は生じません。「ザ、ズ、ゼ、ゾ」を含む単語を発音するときに、もし舌端が歯茎に接触する瞬間が少しでもあったら、それは摩擦音ではないということです。

後部歯茎摩擦音(postalveolar fricative)

無声
ʃ

有声
ʒ

斎藤(2006: 44-45)

後部歯茎摩擦音は後部歯茎と舌端でせばめをつくる摩擦音です。英語など多くの言語にみられます。例えば、英語の “ship” の語頭子音は無声後部歯茎摩擦音で、”vision” の第二音節頭の子音は有声後部歯茎摩擦音で調音されることが一般的です。

なお、日本語の「シ」や「シャ、シュ、ショ」の子音はよくこの記号で表記されますが、厳密には次の歯茎硬口蓋摩擦音だとよく言われています(例えば、教科書pp.56-57)。

歯茎硬口蓋摩擦音(alveolo-palatal fricative)

無声
ɕ

有声
ʑ

斎藤(2006: 56-57)

歯茎硬口蓋摩擦音の記号は、IPAにおいて子音のメインの表の中にはなく、「その他の記号」に含まれています。後部歯茎と硬口蓋の中間位置と舌端でせばめを作る摩擦音です。日本語や中国語、ポーランド語などにみられるとされます。例えば、日本語の「シ」は多くの場合、歯茎硬口蓋摩擦音で発音されます。「ジ」は歯茎硬口蓋摩擦音で発音されることもあれば、歯茎硬口蓋破擦音で発音されることもあります。多くの場合、語中(例えば、「火事(カジ)」の「ジ」の子音)において摩擦音になります。

なお、多くの場合、後部歯茎摩擦音は唇をまるく尖らせながら(これを「円唇性」といいます。のちに母音を習う際に出てきます)発音されます。例えば英語の場合がそうです。これに対し、歯茎硬口蓋摩擦音はたいてい、円唇性を伴わずに発音されます。つまり、典型的な後部歯茎摩擦音と典型的な歯茎硬口蓋摩擦音の違いは、調音位置だけでなく、円唇性にもあるということができます。(ただし、この場合の円唇性は付随的な特徴で、後部歯茎摩擦音の定義には、一般に含まれません。)

そり舌摩擦音(retroflex fricative)

無声
ʂ

有声
ʐ

斎藤(2006: 45-46)

そり舌摩擦音は、歯茎後部と舌尖でせばめをつくる摩擦音です。後部歯茎摩擦音が歯茎後部と舌端でせばめをつくるのに対し、そり舌摩擦音は歯茎後部と舌尖でせばめをつくるのが特徴です。

中国語のピンインで sh で綴られる音は、無声そり舌摩擦音で発音されることが一般的です。以下のウェブサイトから発音を確認してみましょう。

硬口蓋摩擦音(palatal fricative)

無声
ç

有声
ʝ

斎藤(2006: 46-47)

硬口蓋摩擦音は硬口蓋と前舌でせばめをつくります。日本語の「ヒ」や「ヒャ、ヒュ、ヒョ」はふつう、無声硬口蓋摩擦音で発音されます(例えば、「火(ヒ)」の子音)。有声硬口蓋摩擦音はドイツ語などに見られます。ただし、ドイツ語の場合、摩擦が弱めの発音では、有声硬口蓋摩擦音ではなく(後でならう)有声硬口蓋接近音 [j] (「ヤ、ユ、ヨ」のような発音)になることがあります。

軟口蓋摩擦音(velar fricative)

無声
x

有声
ɣ

斎藤(2006: 48-49)

軟口蓋摩擦音は軟口蓋と後舌でせばめをつくる音です。発音が難しい場合は、軟口蓋破裂音をもとにして練習しましょう。完全に閉じるのが破裂音で、同じ調音位置ですきまを若干あけると摩擦音になります。

口蓋垂摩擦音(uvular fricative)

無声
χ

有声
ʁ

斎藤(2006: 49-50)

口蓋垂摩擦音は軟口蓋摩擦音よりもさらに奥の口蓋垂で摩擦を起こす音です。フランス語のrでつづられる音は、典型的には有声口蓋垂摩擦音で発音されます。以下のリンクからフランス語の音声を聞いてみましょう。

  • 東京外国語大学言語モジュール

咽頭摩擦音(pharyngeal fricative)

無声
ħ

有声
ʕ

斎藤(2006: 50-51)

咽頭摩擦音は、口蓋垂よりさらに奥で調音する音です。舌根を後ろにひき、咽頭壁に近づけてせばめをつくります。

咽頭摩擦音を持つ言語はさほど多くありませんが、アラビア語にはよく出る音です。以下のリンクから発音を聞いてみましょう。

声門摩擦音(glottal fricative)

無声
h

有声
ɦ

斎藤(2006: 51-52)

声門摩擦音は、無声に関しては日本語の「ハ、へ、ホ」に出るので、日本語母語話者にとって発音すること自体はさほど難しくありません。

声門摩擦音は、摩擦音にカテゴライズされてはいますが、実際のところ他の摩擦音と性格を異にしています。他の摩擦音は、声道のどこかに狭めをつくって摩擦(乱気流)を生じさせます。一方、無声声門摩擦音は、声道のどこにも狭めをつくらず、声門を開いて息が出ている状態です。例えば、[ha] を発音するとき、口のかまえは [a] のままで、最初は声門を開いて息を出し途中から声門を閉じ声帯を振動させます。このとき、声門を開いて息が出ている状態の部分が [h] の音に相当します。

有声声門摩擦音は、[h]と同じように声門を開きつつ、さらに声帯を振動させる音です。「声門を開きつつ声帯を振動させる」というのは、これまでの声帯振動の説明と矛盾しているように思えるかもしれません。これまでの説明では、声門を閉じた状態で息が出ると声帯が振動する(有声になる)と説明しました。しかし実は、声門を開いた状態でも、多くの息を出せば声帯を多少振動させることができます。これが有声声門摩擦音です。英語でhで綴られる音が母音間にくるとき、有声声門摩擦音になることがあります。

参考動画

Arabic Letters pronunciation (ح/هـ-ع/أ) Similar Arabic Alphabet pronunciation (Levantine Arabic with Manar)
アラビア語の咽頭音と声門音(hh [ħ]、h [h]、a’a [ʕa]、a [ʔa])。説明は音声学的には不正確ですが、発音は参考になります。