有気音と無気音とは

子音の調音の際に、呼気(吐く息)が多めに出ることがあります。このようにして発音される子音を有気音(aspirated consonant)といいます。反対に、呼気の量が少なめである子音は無気音(unaspirated consonant)といいます。なお、子音の調音の際に伴う呼気は「気息」(aspiration)と言われることがあります。

IPAによる有気音の表記

IPA(国際音声記号)における有気音の補助記号は、何らかの記号の右肩に h をつけるというものです。例えば、以下は [p] の有気音をあらわします。

無気音をあらわすための補助記号はありません。有気音と無気音が対立する言語(例えば次のセクションで示す中国語)の例をIPA表記する際は、有気音にのみ補助記号を付し、無気音には補助記号を付しません。

有気音と無気音が対立しない言語において、無声音が有気音として実現することがあります(例えば次のセクションで示す英語)。その場合、精密表記では有気音の補助記号を付すことがありますが、簡略表記においては音韻対立にかかわらない特徴であるため、補助記号を付しません。

有気音・無気音が対立する言語、しない言語

有気音・無気音が対立する言語

言語によっては、有気音と無気音が音韻的に対立します(つまり、単語の意味の区別にかかわります)。例えば、中国語(普通話)においては、次のような有気音・無気音の対立があります。

中国語(普通話)における有気音と無気音

tǎ(塔) [tʰaˑ] 「塔」

dǎ(打)[taˑ] 「打つ」

※ピンイン表記(中国のローマ字表記)、漢字表記、IPA、意味の順に示しています。

韓国語(朝鮮語)も有気音・無気音の対立を持つ言語として、しばしば例に挙げられます。ただし、韓国語のケースはやや複雑です。韓国語には、(日本の韓国語学/朝鮮語学の用語でいうところの)平音・激音・濃音という三種類の音があり、このうち激音が典型的な有気音に相当します。一方で、平音・濃音が典型的な無気音とは言い難い特徴を持つことと、ここ数十年の間でこれらの音の特徴が大きく変化してきていることが、韓国語の状況を複雑にしています。

有気音・無気音が対立しない言語

一方、日本語や英語においては、有気音と無気音が音韻的に対立することはありません。英語の場合、語頭の破裂音は有気音で発音される傾向にありますが、子音連続の2音目などに現れる場合には無気音で発音される傾向にあります。(このように、単語の意味の区別にはかかわらず、音配列などの条件によって異なる音が現れる場合、言語学ではそれらの音を「条件異音」といいます。)

英語における条件異音としての有気音と無気音

pie [pʰaɪ̯] 「パイ」

spy [spaɪ̯] 「スパイ」

日本語や英語は、有声音と無声音が音韻的に対立する一方で、有気音と無気音は音韻的に対立しません。これに対し、中国語(普通話)では、有気音と無気音が音韻的に対立する一方で、有声音と無声音は音韻的に対立しません。

有声音・無声無気音・無声有気音が対立する言語

言語によっては、有声音/無声音の対立と有気音/無気音の対立を両方持つ言語もあります。例えば、以下に示すタイ語です。

タイ語における有声音、無声無気音、無声有気音

[baː] 「狂気の」

[paː] 「おば」

[pʰaː] 「布」

参考ウェブサイト

以下のウェブページでは、中国語(普通話)の無気音と有気音を聞き比べることができます。(ピンインで b, d, g, j, zが無気音に相当し、p, t, k, q, cが有気音に相当します。)

また、以下のウェブページではタイ語の有声音、無声無気音、無声有気音を聞き比べることができます。

  • A course in phonetics

Voice Onset Time (VOT)

有声音、無声無気音、無声有気音の関係は、時間軸上で捉え直すことができます。その場合、破裂音における破裂の瞬間と声帯振動開始のタイミングに注目し、両者の時間的差(声帯振動開始時刻 - 閉鎖の開放時刻)を Voice Onset Time(VOT)と呼びます。

詳しくは別のページで説明します。

有声有気音

有声有気音とは

これまで出てきた有気音は全て無声の場合でした。世界の言語の中には、有声有気音も観察されます。有声有気音における気息は声帯振動を伴います。したがって、気息の区間では、声帯を開きながら同時に声帯を振動させることになります。これは、有声声門摩擦音 [ɦ] と同様であり、声質の分類における「息もれ声」とも共通します。

有声有気音のIPA表記

有声有気音のIPAでの表記は、無声無気音の場合と同様、記号の右肩に補助記号として h をつけます。ただし、実際には無声無気音の気息とは異なる特徴を持っているため、記号の右肩に ɦ を付した表記を用いる音声学者も多いです。

bɦ

有声有気音を持つ言語

有声有気音は、ヒンディー語をはじめ南アジアの言語に多く見られます。インドの古代語であるサンスクリット語にも有声有気音があるとされています。

参考ウェブサイト

以下のウェブサイトでヒンディー語の有声有気音、有声無気音、無声有気音、無声無気音を聞き比べることができます。

  • A course in phonetics

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