音声の産出と知覚

音声によるコミュニケーションにおいては、話し手と聞き手を想定する必要があります。話し手は自らが伝えたいことを伝えるために、音声器官(発音のために用いる器官、つまり、口や鼻やのど)を使って音響信号を生み出します。聞き手は、その音声信号を耳で捉え、脳で処理することで、話し手の意図を理解することになります。このように考えると、音声コミュニケーションは、産出(production)、すなわち音声器官によって音声を生み出すプロセスと、知覚(perception)、すなわち音響信号を捉えて解読するプロセスから成っているとみることができます。なお、この中間に位置する音響信号(acoustic signal)は、(ほとんどの場合)空気の振動というかたちをとっています。

音声学の下位分野

このような音声コミュニケーションのプロセスにもとづき、音声学は調音音声学・音響音声学・聴覚音声学の三つの分野に分けられることがあります。

調音音声学

調音音声学(articulatory phonetics)は、人が音声器官をどのように動かして音声を生み出すかを扱います。上述の音声コミュニケーションにおける産出のプロセスに対応します。国際音声記号は調音音声学的な音声の分類基準にもとづいて定められているため、国際音声記号やその背後にある音声の分類方法も調音音声学という分野に含められることがあります。

音響音声学

音響音声学(acoustic phonetics)は、産出と知覚の接点となる部分、すなわち音響信号の側面から音声を捉える分野です。この分野では、様々な音声の音響的特徴を明らかにしたり、音響的側面から音声を記述したりします。

聴覚音声学・音声知覚研究

音響信号が耳(外耳・中耳・内耳)から聴神経を経て脳に伝達され、脳内で話し手の産出した音声が解読されるプロセスを扱う分野は、聴覚音声学(auditory phonetics)と呼ばれることがあります。ただ、「聴覚」という用語自体は音が耳から脳へと伝達される仕組みを指すことが多く、また、この仕組みは音声に限らず音全般にほぼ共通しています。音全般に共通するのではない音声特有の処理プロセスがあるとするならば(そのような音声特有の処理があるかどうかにも様々な議論がありますが)、それは脳内での知覚のプロセスの中に見出すことができます。そのため、聞き手の側面からの音声の研究は、「聴覚音声学」というよりも「音声知覚」(speech perception)の研究と呼ばれることが多いです。

音声知覚の研究は、音声学と心理学にまたがる領域において専らなされてきました。近年は脳科学的なアプローチもなされています。