発音を記号で表す

発音をテキストに記録するためには、発音を表す記号が便利です。発音を表すための記号は、過去に世界のいろいろなところで考案されてきました。その中で代表的なのが、国際音声記号です。

国際音声記号

国際音声記号とは

国際音声記号(International Phonetic Alphabet; 略してIPA)は、世界の様々な発音を表せるように考案された記号です。「国際音声字母」と訳されることもあります。私たちが辞書などで見かける [ʃ] や [ə] といった記号も国際音声記号です。

国際音声記号は国際音声学協会(International Phonetic Association,こちらも略してIPA,日本語では「国際音声学会」と訳されることもあります)が定めたものです。最新のバージョンは以下に示す通りです。

国際音声記号(IPA, 2020年改訂版)
IPA Chart, http://www.internationalphoneticassociation.org/content/ipa-chart, available under a Creative Commons Attribution-Sharealike 3.0 Unported License. Copyright © 2015 International Phonetic Association.

国際音声記号は、調音音声学的な基準による音声の分類にもとづいています。世界の様々な言語の音声を同一の基準にもとづいて表記することを目指して考案されました。(ただし、本当にそれが可能なのかは、現実的には様々な難しい問題があります。)

国際音声記号による表記において、精密さには様々な度合いがあります。精密に表記することもあれば主要な音声特徴のみに注目して表記することもあり、どれが正しいというわけではなく、目的に応じて使い分けられます。

国際音声記号の歴史

国際音声記号の歴史は、1886年にフランスの音声学者Paul Passyを中心として言語教師の協会が作られたときに遡るといってよいでしょう。それ以前にヨーロッパの言語学者・音声学者たちが考案してきた発音記号に部分的にもとづきつつ、この協会が考案してきた記号群が、今日の国際音声記号の原型となっています。この協会ははじめ Dhi Fonètik Tîtcerz’ Asóciécon という名称で発足し、その後1889年に L’Association Phonétique des Professeurs de Langues Vivantes、1897年に L’Association Phonétique Internationale と名称を変えてきました。1897年の名称(フランス語)の英語名は the International Phonetic Associationであり、この名称で今日まで続いています。(以上の説明は、国際音声学会 編、竹林・神山 訳 2003にもとづいています。)

Paul Passy
Fred Riise, Public domain, via Wikimedia Commons

国際音声記号を作る試みは1886年の協会発足以来なされてきており、今日の国際音声記号の原型は1888年の改訂版(Phonetic Teachers’ Association 1888)に見ることができます。

国際音声記号以外の発音記号

世の中で使われている発音記号には、国際音声記号以外のものもあります。例えば、国際音声記号が19世紀後半以来ヨーロッパの言語学者・音声学者を中心に考案されてきたのに対し、それとは異なる発音記号体系がアメリカでは用いられてきました(例えば、Boaz et al. 1916, Herzog et al. 1934)。こんにちのアメリカでは国際音声記号が用いられることもありますが、アメリカの伝統的な発音記号もしばしば用いられます。ただし統一的な記号体系があるわけではなく、研究者によって用いる記号には多少の違いがあります。

アメリカの伝統的な発音記号は部分的には国際音声記号と共通していますが、異なる部分も多くあります。例えば、国際音声記号の [ʃ] に相当する音は、アメリカではしばしば [š] と表記されます。

参照文献

Boas, F., E. Sapir, & A.L. Kroeber (1916) “Phonetic Transcription of Indian Languages: Report of Committee of American Anthropological Association.” Smithsonian Miscellaneous Collections 66 (6). [論文リンク]

Herzog, G., S.S. Newman, E. Sapir, M.H. Swadesh, M. Swadesh, & C.F. Voegelin. (1934). “Some orthographic recommendations”. American Anthropologist New Series 36 (4). [論文リンク]

国際音声学会 編、竹林滋・神山孝夫 訳 (2003) 『国際音声記号ガイドブック: 国際音声学会案内』大修館書店. [Amazonリンク]
(原書: International Phonetic Association ed. 1999. Handbook of the International Phonetic Association: A Guide to the Use of the International Phonetic Alphabet. Cambridge: Cambridge University Press. [Amazonリンク])

Phonetic Teachers’ Association (1888). “aur rivàizd ælfəbit” [Our revised alphabet]. The Phonetic Teacher3 (7–8). [論文リンク]