摩擦音の場合

これまで様々な音について見ていく中で、時間という尺度を特に考慮してきませんでした。ここから先は、有声・無声に関して、時間軸を入れてみていきます。

下の図は、有声・無声の摩擦音において、口腔の開き具合と声帯振動を時間軸に沿って模式的に示しています。摩擦音+母音という連鎖において、摩擦音の区間では口腔がやや狭まっており、母音では口腔が開きます。声帯は、有声摩擦音の場合には摩擦区間の全体にわたって振動します(下図の波線)。一方、無声摩擦音の場合には、摩擦区間で振動せず、口腔が開く(母音が始まる)タイミングで振動し始めます。

破裂音の場合

では、破裂音ではどうでしょうか?

破裂音は、口腔に閉鎖を作り、それを開放することによって特徴づけられる子音です。摩擦音における摩擦とは異なり、破裂音における閉鎖の開放は瞬間的なものです。有声破裂音は声帯振動を伴った破裂音であり、無声破裂音は声帯振動を伴わない破裂音だと説明されますが、瞬間的な特徴を持つ破裂音が声帯振動を伴うとか伴わないというのは、そもそもどういうことでしょうか?

以下の図は有声破裂音と無声破裂音における口腔の開き具合と声帯のタイミングを模式的に示したものです。破裂音においては、口腔が完全に閉じた区間(閉鎖区間)のあと、瞬間的に閉鎖の開放がなされます。典型的な有声破裂音においては、実は声帯振動は閉鎖の開放より先に始まります。一方、典型的な無声破裂音においては、声帯振動は閉鎖の開放より後で始まります。

有声破裂音、無声無気破裂音、無声有気破裂音

上の話から一歩進めて、無声破裂音を無気音・有気音に分けて考えてみましょう。

下の図は、有声破裂音、無声無気破裂音、無声有気破裂音における口腔の開き具合と声帯振動の時間的関係を模式的に示したものです。有声破裂音は上と同じです。無声無気破裂音の場合は、閉鎖の開放とほぼ同時か直後に声帯振動が開始します。一方、無声有気破裂音では、閉鎖の開放からかなり時間をおいて声帯振動が開始します。口腔が開いてから声帯振動が開始するまでの区間が、気息が出ている区間に相当します。

VOT

閉鎖の開放と声帯振動開始の時間的関係は、連続的です。例えば、閉鎖の開放から0.01秒後に声帯振動が始まることもあれば、0.1秒後に始まることもあります。その中間付近の0.04秒や0.05秒後になることもあり、タイミングの取り方は無限にあります。

Lisker and Abramson (1964) は、閉鎖の開放から声帯振動開始までの時間という連続的尺度で有声/無声、有気/無気を捉えることを提案し、これを voice onset time (VOT) と呼びました。閉鎖の開放の時刻を t0 とし、声帯振動開始の時刻を t1 とするならば、VOT は以下により求められます。

$VOT = t_1 - t_0

典型的な有声破裂音においては、声帯振動開始は閉鎖の開放よりも前になります。したがって、t1t0 より小さくなり、VOTは負の値をとります。有声音、無声無気音、無声有気音のVOTは、有声音 < 無声無気音 < 無声有気音 となることが予測されます。

日本語の破裂音のVOT

上で、「典型的な」有声破裂音はVOTが負の値をとると書きましたが、世界の様々な言語の中には、「有声破裂音」とみなされているものの、VOTが0ないし正の値をとることがあります。

これは、日本語の有声破裂音にも言えることです。高田(2011)によれば、日本語の有声破裂音のVOTには地域差と世代差があります。具体的には、老年層では多くの地域でVOTが負の値をとる傾向にあるものの、東北地方では正の値をとる傾向があること、および、若年層では全国的に有声破裂音のVOTが正になる傾向が高まっていることが明らかにされています。

参照文献

Lisker, L., & Abramson, A. S. (1964). A cross-language study of voicing in initial stops: Acoustical measurements. Word20(3), 384-422. [PDFへのリンク]

高田三枝子 (2011) 『日本語の語頭閉鎖音の研究 ―VOTの共時的分布と通時的変化』くろしお出版. [Amazonリンク]

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