破裂音とは
破裂音(はれつおん;plosive)とは、声道の一か所に完全な閉鎖をつくり、それから閉鎖を開放することで出す音のことです。
両唇破裂音(bilabial plosive)
無声
p
有声
b
斎藤(2006: 25-26)
日本語の「パン」や英語の pig の語頭の子音 [p] は、両唇で閉鎖をつくって開放することで出します。声帯の振動を伴わない無声という特徴も有しています。
[p] に対応する有声音は [b] です。日本語の「場所」や英語の boy の語頭に出てくる音です。
日本語の五十音の感覚だと、「バビブベボ」は「ハヒフヘホ」と対応しているように思えるかもしれません。しかし、音声学的には、「パピプペポ」と「バビブベボ」がともに破裂音であり、前者が無声音、後者が有声音というかたちで対応しています。なお、「ハヒフヘホ」の子音は、後で出てくる「摩擦音」です。
子音の名称
[p]、[b]は、「無声両唇破裂音」「有声両唇破裂音」のように呼ぶのが一般的です。つまり、声帯振動、調音位置、調音方法の順に呼ぶということです。子音の名称におけるこの順番は英語でも同様で、voiceless bilabial plosive、voiced bilabial plosive のように呼ぶのが一般的です。
口音と鼻音
口音と鼻音の違い
日本語で「バ」と発音するときと「マ」と発音するときの違いは何でしょうか?
ためしに、それぞれの発音をする際に鼻をつまんでみると、「バ」は問題なく発音できるのに対し、「マ」はうまく発音できないことがわかると思います。これは、「マ」の語頭子音において気流が鼻腔にぬけるという特徴があるからです。鼻をつまむと、鼻腔への気流が妨げられてしまうのです。
鼻腔に気流が流れず口腔にのみ気流が流れる音を「口音」(こうおん;oral sound)といい、口腔だけでなく鼻腔にも気流が流れる音を「鼻音」(びおん;nasal sound)といいます。この鼻腔へ気流を流すかどうかの制御は、「口蓋帆」(軟口蓋のうち後半の部分)の動きによってなされています。口蓋帆が持ち上がると鼻腔への気流の通路が塞がれ、口蓋帆が下げられると鼻腔への気流の通路が開かれるのです。
破裂音、閉鎖音、鼻音、口閉鎖音、鼻閉鎖音に関する用語の整理
声道のどこかに閉鎖をつくるという特徴を持つ音を「閉鎖音」(へいさおん;stop)と呼ぶことがあります。閉鎖音には口閉鎖音と鼻閉鎖音があります。口閉鎖音は前述の破裂音と同じ意味です。閉鎖音という用語を口閉鎖音(=破裂音)と同義で用いることもよくあります。一方、鼻閉鎖音はしばしば、単に「鼻音」と呼ばれます。つまり、広義の鼻音が(上の段落で述べたように)鼻腔にも気流が流れる音全般を指すのに対し、狭義の鼻音は鼻閉鎖音を指します。IPAの表における鼻音(nasal)は狭義の鼻音を指しています。以下でもIPAの用法にあわせ、「鼻音」という用語を狭義の意味で(すなわち鼻閉鎖音と同義として)用いることにします。
両唇鼻音(bilabial nasal)
(有声)
m
斎藤(2006: 26-27)
両唇鼻音は、日本語の「餅」や英語の “mother” の最初の子音に現れます。
なお、鼻音は通常は有声音です。無声の鼻音も世界の言語の中には存在しますが、とても珍しく、補助記号を用いて表記します。(後で学習します。)
唇歯鼻音(labiodental nasal)
(有声)
ɱ
斎藤(2006: 26-27)
唇歯音(しんしおん)は下唇と上歯がかかわります。IPAにおいて、唇歯破裂音は(ありえる発音ではありますが)記号が用意されていません。一方、唇歯鼻音は記号が用意されています。
英語で symphony という発音するとき、mでつづられる部分は、実際にはこの発音になることが多いです。Phが [f] の発音であり、これが(後で出てくる)唇歯摩擦音であるため、その影響で、その前の子音が両唇鼻音ではなく唇歯鼻音になるのです。
歯/歯茎/後部歯茎破裂音・鼻音(dental/alveolar/postalveolar plosive, nasal)
無声破裂音
t
有声破裂音
d
(有声)鼻音
n
斎藤(2006: 28-29)
歯(し)破裂音・鼻音は、上歯と舌尖による閉鎖を伴います。歯茎(しけい)破裂音・鼻音は上歯茎と舌端で閉鎖をつくります。後部歯茎音は上歯茎の後部と舌端で閉鎖をつくります。
IPAの表をみると、破裂音と鼻音に関しては、歯音・歯茎音・後部歯茎音が一つのセルにまとめられて、同一の記号がわりあてられています。ただし、言語によっては、たとえば歯破裂音と歯茎破裂音が異なる音素として弁別されるようなケースがあり、その場合は補助記号を用いて書き分けます。
これらの子音、日本語のタ行音・ダ行音・ナ行音や、英語に t, d, nでつづられる単語に出てきます。
そり舌破裂音・鼻音(retroflex plosive, nasal)
無声破裂音
ʈ
有声破裂音
ɖ
(有声)鼻音
ɳ
斎藤(2006: 29-30)
そり舌破裂音・鼻音は後部歯茎と舌尖(または下の裏側)により閉鎖をつくる音です。
後部歯茎と向かい合っているのは舌端であり、ふつうに後部歯茎で閉鎖をつくろうとすると、後部歯茎音(後部歯茎と舌端による調音)になります。これに対し、舌尖を持ち上げて、(常にではありませんが)場合によっては若干そるようにして後部歯茎につけると、そり舌音となります。
そり舌音は、日本や英語圏の人たちにとっては比較的珍しい音ですが、インドの言語によくみられます。リンクから、ヒンディー語(インド中部・北部)、マラヤ―ラム語(インド南部)、Nunggubuyu語(オーストラリア北部)におけるそり舌音とそれ以外の子音とを聞き比べてみてください。
硬口蓋破裂音・鼻音(palatal plosive, nasal)
無声破裂音
c
有声破裂音
ɟ
(有声)鼻音
ɲ
斎藤(2006: 31-32)
硬口蓋破裂音・鼻音は硬口蓋と前舌の閉鎖により出す音です。このうち硬口蓋鼻音は日本語の「ニャ、ニュ、ニョ」の発音と似たように聞こえるかもしれませんが、日本語の「ニャ、ニュ、ニョ」は多くの場合、硬口蓋では調音していないはずです。自分の発音を観察してみましょう。
以下はハンガリー語の例です。聞いてみましょう。
軟口蓋破裂音・鼻音(velar plosive, nasal)
無声破裂音
k
有声破裂音
ɡ
(有声)鼻音
ŋ
斎藤(2006: 32-34)
軟口蓋破裂音は日本語のカ行・ガ行音や英語のk/gの発音に出てきます。逆にいえば、これらの発音をしてみることで、軟口蓋の位置を確認できると思います。なお、有声軟口蓋破裂音のIPAは [g] ではなく [ɡ] である点に注意しましょう。
軟口蓋鼻音については、英語であれば sing という単語の音節末の音がこれに相当します。軟口蓋鼻音が語頭や音節頭にくるケースも、言語によってはあります。リンク先のマラヤーラム語の例を聞いてみましょう。
さて、日本語では軟口蓋鼻音は使われるでしょうか?音節頭に軟口蓋鼻音が現れるケースとしては、いわゆる「鼻濁音」があります。以下の動画を見てみてください。
口蓋垂破裂音・鼻音(uvular plosive, nasal)
無声破裂音
q
有声破裂音
ɢ
(有声)鼻音
ɴ
斎藤(2006: 34-35)
口蓋垂と後舌による閉鎖を伴う音です。つまり、上の軟口蓋音よりもさらに奥で調音することになります。なお、ここで用いる記号 [ɢ],[ɴ] は、大文字を小文字の大きさで書きます。こういう記号を「スモールキャピタル」(small capital)と呼びます。
アラビア語とモンゴル語の例をリンクから聞いてみましょう。なお、モンゴル語では、有声口蓋垂破裂音と有声軟口蓋破裂音は異音の関係にあり、後続の母音がかわると、子音の調音位置が変わります。リンクから「豚」と「ゲル」の語頭子音の違いを、調音位置に注意しながら聞き比べてみましょう。
- 東京外国語大学言語モジュール
声門破裂音(glottal plosive)
無声破裂音
ʔ
斎藤(2006: 35-36)
声門破裂音は声門を閉じるという特徴を持った音です。IPAの分類にしたがえば「声門破裂音」ですが、「声門閉鎖音」(glottal stop)という用語のほうがよく使われます。
声門を閉じるのは例えば、重いものを持ち上げようとして力をふんばったときや、驚いて「あっ」といったときの「っ」にあたるときです。言語によっては、この声門破裂音が言語音として現れることがあります。
有声は理論的にありません。声門破裂音は声門を瞬間的に開放することによって出す音なので、声門を閉じたまま声帯を振動させる有声音とは両立し得ないのです。
「コックニー」(Cockney)と呼ばれるロンドンの労働者階級の方言では、標準的なイギリス英語における語中の /t/ (例えば butter の語中子音)が声門破裂音で発音される傾向にあります
日本語の撥音(ン)の異音
日本語の撥音「ン」はこれまでみてきた鼻音のうち、どれに相当するでしょうか?例えば、「サンマ」「神田(カンダ)」「三階(サンカイ)」というときの「ン」の調音位置はどこでしょうか?
実は、日本語の「ン」の調音位置は、後続子音が何であるかによって異なって現れる傾向にあります。自分自身の発音を観察してみましょう。