二重調音と二次的調音

二重調音（double articulation）

二重調音とは何か

二重調音（double articulation）とは、二か所で同時に同程度に気流を妨害する調音のことです。例えば、[w] は、両唇と軟口蓋を同時に同程度にせばめた接近音です。例えば、日本語の「輪」（ワ）や、英語の win （勝つ）にはこの子音が用いられます。

二重調音には、以下の記号があります。

二重調音のうち、記号が用意されていないものについては、以下のように結合の符号を用いて表記されます。

この結合の符号は、破擦音において用いられるものと同じです。（破擦音と同様に）上につけても下につけても（[k͜p]）かまいません。

上のような破裂音の二重調音の例としては、ナイジェリア南東部で話されているイボ語（Igbo；イグボ語とも言われる）を挙げることができます。この言語には、[k] と [p] の二重調音や、[g] と [b] の二重調音が観察されます。この言語（および民族）の名称である Igbo にも二重調音が含まれています。

“Double articulation” という用語についての注意

二重調音は英語では “double articulation” といいます。ただ、このdouble articulation という用語は、言語学では全く別の意味でも用いられることもあるので、注意が必要です。文を分解すると形態素になり、形態素を分解すると音素になるという言語の特質を指し、20世紀のフランスの言語学者アンドレ・マルティネが double articulation と呼びました。これは「二重分節」（あるいは「二重分節性」）と訳されます。

参考ウェブサイト

以下のウェブページでは、イボ語の二重調音の例を聞くことができます。

• Language Demos
  • Igbo

二次的調音（secondary articulation）

二次的調音とは

調音が2箇所で同時になされ、気流の妨害の程度（狭窄の程度）が同等ではないとき、主要な方を一次的調音（primary articulation）と呼び、補助的な方を二次的調音（secondary articulation）と呼びます。

たとえば、「キ」と「カ」の発音を比べると、「キ」では軟口蓋と後舌で閉鎖をつくるとともに硬口蓋と前舌が接近します。このとき、閉鎖のほうが接近よりも狭窄の程度が大きいので、前者が一次的調音、後者が二次的調音とみなされます。二次的特徴には様々なものがありまあすが、この場合「硬口蓋化」が起きています。

二重調音と一次的／二次的調音の違いは、二つの調音の狭窄の程度が同等か否かにあります。例えば[k]と[p]の二重調音においては、二つの調音は対等で、どちらが主だということができません。それに対し、例えば [k] の硬口蓋化（たとえば日本語の「キャ」の子音）の場合、一方は閉鎖でもう一方は接近なので、狭窄の程度が同等ではありません。

二次的調音には、唇音化、硬口蓋化、軟口蓋化、咽頭化があります。以下一つ一つ見ていきましょう。

唇音化

唇音化する（labialized）とは、唇の丸めを伴うということです。（なお、唇の丸め — 円唇性 — は、母音の分類においても出てきます。）IPAでは、別の記号の右肩に w をつけて表します。

例えば、韓国語（朝鮮語）には以下の例があります。

硬口蓋化

硬口蓋化する（palatalized）とは、硬口蓋と前舌を接近させるということです。IPAでは、別の記号の右肩に j をつけて表します。

上で述べたように、日本語の「キ」と「カ」を比べると、「キ」では軟口蓋閉鎖とともに硬口蓋化が生じる傾向にあります。

軟口蓋化

軟口蓋化する（velarized）とは、軟口蓋と後舌を接近させるということです。IPAでは、別の記号の右肩に ɣ をつけて表します。また、記号の中央にチルダ（~）をつけて表すこともあります。

英語における、いわゆる「暗いL」（dark l）は、軟口蓋化した [l] （側面接近音）です。

咽頭化

咽頭化する（pharyngealized）とは、咽頭と舌根を接近させるということです。IPAでは、別の記号の右肩に ʕ をつけて表します。また、軟口蓋化と同様に記号の中央にチルダ（~）をつけて表すこともあります。

咽頭化はアラビア語によく観察されます。

参考ウェブサイト

以下のArabicのウェブページの一番下、”Secondary Articulations: Emphatic (pharyngealized) consonants in Arabic” のセクションで、アラビア語の咽頭化の例を聞くことができます。

• Language Demos
  • Arabic