無声の補助記号

IPAでは p/b のように無声音と有声音の両方の記号が用意されているものがある一方で、有声音の記号しか用意されていないものがあります。例えば、鼻音は多くの場合に有声音であるため、有声鼻音の記号しかありません。しかし、世界の言語の中には稀に無声鼻音も観察されます。そのような場合に、IPAでは鼻音の記号に無声の補助記号をつけることで、無声鼻音を表します。例えば、以下の記号は無声両唇鼻音をあらわします。

鼻音に限らず、無声の記号が用意されていない場合(例えば、接近音、ふるえ音、母音など)、無声の補助記号を付すことで、無声音をあらわすことができます。

無声鼻音

ビルマ語においては、有声鼻音と無声鼻音が区別されます。以下のウェブページで両者を聞き比べてみましょう。

無声化

無声化とは

上のビルマ語の有声・無声鼻音の例では、有声音と無声音が等しく音韻体系の中に位置づけられていました。これに対し、本来有声音であるはずのものが無声音に変化する現象を「無声化」(devoicing)といいます。無声化した音も、上と同様に無声の補助記号で表します。

日本語の母音の無声化

代表的な例は日本語の母音の無声化です。以下の単語における第一音節の母音は、どのように発音されるでしょうか?

日本語の母音の無声化

北(キタ)

月(ツキ)

鹿(シカ)

力(チカラ)

これらの単語の第一音節の母音は、無声化する傾向にあります。ためしに「北」(キタ)と「桁」(ケタ)の発音を比べてみると、「ケ」の母音が普通の(声帯振動を伴った)母音であるのに対し、「キ」では母音が声帯振動を伴わずに発音される傾向にあることがわかると思います。

日本語の母音の無声化は、以下の二つの条件が満たされるときに生じると言われています。

日本語における母音の無声化の条件

  1. 当該母音が狭母音(高母音;すなわち /i/, /u/)である
  2. 当該母音の前後が無声子音である

たとえば、北 /kita/ の /i/ は狭母音であり、前後の子音 /k/、/t/が無声子音であるため、この条件を満たします。

ただし、この条件が満たされたときに常に無声化が生じるとは限らず、また、これらの条件が満たされないときでも無声化が生じることはあります。さらに、上に挙げた以外の要因(例えば、子音の組み合わせやアクセント)も無声化の生起率に影響を及ぼすことが知られています(例えば、前川 1989)。地域差もあり、例えば、近畿地方の話者では無声化が生じにくいと言われています(例えば、藤本・桐谷 2003、邊 2007)。

参照文献

邊姫京 (2007) 「狭母音の無声化の全国的地域差と世代差」『日本語の研究』3 (1), 33-48. [論文リンク]

藤本雅子・桐谷滋 (2003) 「東京方言と近畿方言における母音の無声化の比較」『音声研究』7 (1), 58-69. [論文リンク]

前川喜久雄 (1989) 「母音の無声化」杉藤美代子編『講座日本語と日本語教育2 日本語の音声・音韻(上)』135-153. 明治書院.