基音、倍音、基本周波数

前回のページで学習したように、音波は周期波と非周期波に分類することができます。

周期波は、「基音」と「倍音」から構成されます。ある周波数 f の周期波において、「基音」(fundamental tone)は、 f と同じ高さの周波数の成分を指します。「第一倍音」(first harmonic; H1)とも呼ばれます。通常は、周期波の複数の成分のうち最も低い成分になります。一方、「倍音」(harmonic)は、基音の整数倍の周波数の成分を指します。例えば、200 Hz の周期波は、200 Hz の基音と、400 Hz、600 Hz、800 Hz … の倍音によって成り立っているというわけです。基音と倍音のそれぞれの振幅は様々で、それによって音の音色が変わります。

なお、基音の周波数は基本周波数(fundamental frequency)と呼びます。これはしばしば、f0(エフゼロ)ないし fo(エフオー)と略されます。下図の場合、基本周波数は 200 Hz です(赤の楕円)。一般に、基本周波数の高い音は聴覚的に高く聞こえ、基本周波数の低い音は聴覚的に低く聞こえます。

倍音は必ず基音の周波数の整数倍になるので、倍音の周波数の間隔は基本周波数と等しくなります(下図の緑の矢印)。

200 Hz の周期波のスペクトルの例

なお、厳密にいえば、基音を欠いた周期波も理論上は可能であり、音声合成において容易に作り出すことができます。

共鳴・共振

オペラ歌手の歌声でワイングラスが割れることがあるという話を聞いたことがあるでしょうか。歌声による空気振動がグラスに伝わり、グラスが激しく振動することで割れてしまうという話です。実際には、歌声でグラスを割ることはそう簡単ではないようですが、歌声によりグラスは確かに振動することがあります。このとき、グラスを振動させるにはどんな歌声でもよいというわけではなく、特定の周波数の音でなければなりません。グラスにはそのグラスに固有の周波数があり(共振周波数)、その周波数で音が出されない限り、そのグラスを振動させることはできません。

上の現象は「共振」(resonance)と呼ばれ、音に関する限り「共鳴」とも呼ばれます。ラディフォギッド(1976)は共鳴を次のように定義しています。

共鳴

ある一定の周波数で振動する固有傾向をもつある物体が,同じ周波数で振動している別の物体によって運動を始めさせられる場合に,それが比較的大きい振幅をもつ振動を形成する現象。

ラディフォギッド(1976: 120)

上でも述べられているように、共鳴によって振動は増幅されます。楽器はこの原理を利用しています。例えば、バイオリンのような弦楽器は弦を弓でこすることで弦を振動させますが、弦の振動自体はとても小さいものです。それが楽器本体に伝わり、共鳴することで、大きく、その楽器特有の音になるわけです。管楽器の場合、例えばクラリネットは口元のリードを振動させますが、その振動が管に伝わり、管を共鳴させます。これは高校物理でも学習する気柱の共鳴の原理によっています。

ここでは気柱の共鳴について、詳しくは説明しません。詳しく理解したい人は、高校物理の教材の該当箇所をみてもよいでしょうし、いくつかの(音響)音声学の入門書(例えば、川原 2018: 3.3節、Johnson 2011)の中でも詳しく解説されています。

参考ページ

以下は小学生向けの動画ですが、声による共鳴の実演が行われており、興味深いです。

音声における音源と共鳴

人間が音声を産出するメカニズムも、楽器と同様に理解することができます。楽器において最初に生み出される振動は、バイオリンであれば弦の振動であり、クラリネットであればリードの振動でした。人間の場合、声帯振動がこれに相当します。声帯振動が音源の役割を果たしているということもできます。

楽器において共鳴が重要な役割を果たしているように、音声においても共鳴は重要な役割を果たしています。音声において共鳴は、声道によってもたらされます。ただし、声道にはいくつか特徴的な点があります。第一に、声道は複雑な形状をしています。例えば、私たちが「ア」を発音するとき、声道は前の方が広くなり、奥の方が狭くなります。このような独特の形状は、楽器とは異なる独特の音色を生み出します。第二に、声道は、口の開き具合や舌の位置を調節することで、形を変えることができます。例えば、「ア」と「イ」では声道の形状が大きく異なります。これは、多くの楽器が演奏しながら形を変えることができないのとは対照的です。

音声を理解する上では、音源としての声帯振動と、共鳴をもたらす声道を分けて考えることが重要です。声の高さは基本的に、声帯振動の周波数と関わっています。一方、声道による共鳴は、母音の音色の違いをもたらします。

音声における音源と共鳴の制御は、基本的に独立しています。私たちは「ア」を高い声で出したり低い声で出したりすることができますが、これは共鳴を一定に保って音源の周波数を変化させているということです。また、私たちは同じ声の高さで「ア」を出したり「イ」を出したりすることもできます。これは、音源の周波数を一定に保ち、共鳴を変化させているということです。(ただし、実際の発音の過程では喉頭の制御と調音が互いに多少の影響を与え合うことがあるので、厳密に言えば、音源と共鳴が完全に独立しているとは言い難い面もあります。)

参考ページ

音声における音源と共鳴の関係については、「音源フィルタ理論」という理論(あるいはモデルと言ってもよいでしょう)がよく知られています。以下のページで詳しい解説が(デモンストレーション付きで)なされています。音源フィルタ理論は音声合成において重要であり、また音声生成のメカニズムを捉える上でも有用です。

上智大学理工学部情報理工学科 荒井研究室

母音のフォルマント

声道の共鳴によって強められる周波数帯域を「フォルマント」(formant)といいます。母音の調音においては、フォルマントは複数現れます。これを低い方から順に「第一フォルマント」(first formant; F1)、「第二フォルマント」(second formant; F2)、「第三フォルマント」(third formant; F3)・・・と呼びます。一般的には、ある発話のある母音について「第一フォルマント(F1)が〇〇 Hz だ」といえば、それは第一フォルマントのピークの周波数のことを指しています。

以下の図は、日本語の「イ、エ、ア、オ、ウ」のサウンド・スペクトログラムです(話者は私です)。ここで横長の黒い帯のように見えるのが、フォルマントです。母音によってフォルマントが異なる周波数に現れていることがわかると思います。(なお、この図はPraatというソフトウェアで作成しました。)

Praatでフォルマントのピークを自動で検出し、赤いドットでプロットすると、以下のようになります。各母音において、一番下の赤線が第一フォルマント(F1)、下から2番目の赤線が第二フォルマント(F2)を表しています。

ここからさらに、各母音の時間軸上の中央における第一フォルマント(F1)と第二フォルマント(F2)を計測し、表にまとめると、次のようになります。

F1F2
/i/2832353
/e/5362018
/a/8011159
/o/503811
/u/4051550
日本語の5母音のフォルマント計測値

これを散布図にすると、下の図のようになります。

日本語のフォルマントの散布図

さて、この散布図の縦軸と横軸を入れ替え、さらに軸を反転させて(つまり右から左に、上から下に値が大きくなるように)みましょう。すると、下の図のようになります。

日本語のフォルマントの散布図(F1を縦軸、F2を横軸にし、それぞれの軸を反転させたもの)

この図が何かに似ていることに気がついたでしょうか?この図は、調音音声学の母音のところで学習した母音空間(あるいは、IPAにおける母音チャート)によく似ています。

母音の音響分析においては一般に、第一フォルマントと第二フォルマントに注目します。多くの言語において、母音の音響的特徴はこの二つの変数によって捉えることができます。そして、この二つの変数は、調音音声学上の概念とかなり対応します。すなわち、第一フォルマントは母音チャートの縦軸と相関があり、ということは舌の最高点の高低と相関があります。第二フォルマントは母音チャートの横軸と相関があり、舌の最高点の前後位置と相関があります。

調音音声学における母音の説明において、母音空間上の位置は主に聴覚印象によって決まると述べました。これは主観的で心もとないものです。しかし、音響音声学的には、母音は第一フォルマントと第二フォルマントにより、客観的に定量的に記述することができます。

ただし、フォルマントによる母音の音響的記述にも注意が必要です。フォルマントの現れ方は、子ども、女性、男性によってかなり異なり、また、個人差もけっこうあります。これは主として声道の長さが関係しています。声道を共鳴管の一種とみなすと、短い共鳴管と長い共鳴管では、前者の方が共振周波数が高くなるのです。声道の長さは一般に、「子ども<女性<男性」の順に長くなる傾向にあるので、フォルマントは「子ども>女性>男性」の順に低くなる傾向にあります。

学習案内

川原繁人(2018)『ビジュアル音声学』三省堂.[Amazonリンク
[3.3~3.4.2において、数学・物理学的なところから文系学生にもわかりやすいように説明されています。]

ラディフォギッド, P. (1999) 『音声学概説』 大修館書店. [Amazonリンク
[第8章]

ローレンス, J.R. 他 (2008) 『新ことばの科学入門 第2版』 医学書院. [Amazonリンク
[第3章.]

Johnson, K. (2011) Acoustic and auditory phonetics, 3rd edition. Chichester: Wiley-Blackwell. [Amazonリンク
[音響音声学をメインとした教科書で、Chapter 2とChapter 6で共鳴と母音のフォルマントについて詳しく説明されています。]

参照文献

P. ラディフォギッド 著、佐久間章 訳 (1976) 『音響音声学入門』大修館書店. [Amazonリンク]

本サイト内の関連ページ

母音のフォルマント(Praat入門)