このページは授業用の解説ページです。学習する際に、以下を適宜参考にすることをお勧めします。


シュワー

母音空間の中で真ん中に、[ə] という記号があります。英語の発音記号などで見たことがあると思います。これは、舌の最高点について、前後方向においても高低方向においても中間に位置する母音です。中程度に口を開き舌の位置を積極的にどこにも動かさず自然な位置にしたときの発音です。この母音には、「シュワー」(Schwa)という特別な名前が与えられています。

英語の “again” の第一音節や “phonetician” の第二、第四音節はシュワーで発音されることが一般的です。これらの例からもわかるように、英語においてはシュワーは基本的に強勢(stress)のおかれない音節に出現します。ただし、強勢のない音節において母音が常にシュワーになるというわけではありません。

参考ウェブサイト

Interactive IPA Chartでシュワーの発音を聞いてみましょう。

また、以下のブログに出てくる “I wanna be a Schwa.”(私はシュワーになりたい)の意味を考えてみましょう。

コメント欄の議論も興味深いです。例えば、英語の early の語頭母音はシュワーでしょうか。

その他の母音(1)

上の母音チャートで赤で囲ったものは、これまで出てきた母音以外の中舌母音です。中舌半狭母音と中舌半広母音には、非円唇母音と円唇母音の記号が用意されています。中舌広母音の記号はありませんが、それより若干狭い(舌の最高点が高い)母音の記号として、[ɐ] が用意されています。

参考ウェブサイト

Interactive IPA Chartで各母音の発音を聞いてみましょう。

その他の母音(2)

[ɛ] と [a] の中間の調音位置の非円唇母音として、[æ] の記号が用意されています。

例えば、英語の cat [kæt] などに出てくる母音です。母音チャート上は中途半端な位置にあり、いかにも英語の発音を表すために用意されている記号のように見えますが、IPAがもともと19世紀後半のヨーロッパで語学教師の間で生まれたという歴史を考えれば、不思議ではないのかもしれません。

もっとも、英語以外でも [æ] は現れることがあります。例えば、伝統的な名古屋方言においては、「おまえ」とか「どえらい」などにおいて、共通語の /ae/ や /ai/ に相当する母音が [æː] ([æ] の長母音)として発音されることがあります。

その他の母音(3)

[i]、[y] から中央に寄ったところに [ɪ] と [ʏ] という記号が、[u] から中央に寄ったところに [ʊ] という記号が用意されています。

これらのうち、[ɪ] と [ʊ] は英語に出てきます。例えば、”beat” と “bit” の発音を比べてみましょう。前者と後者の違いは母音の長さだと思うかもしれません。確かに長さは違う(前者のほうが長い)傾向にあるのですが、それだけでなく、母音の音質も異なります。前者の母音は [i] に、後者の母音は [ɪ] になる傾向にあります。つまり、”bit” の母音は [i] よりも若干中央よりに(舌の最高点が [i] よりも若干低く、中舌寄りに)なるのです。同様に、”boot” と “foot” の母音を比べてみると、長さが違うだけでなく、母音の音質が異なります。つまり、前者は [u] に、後者は [ʊ] になる傾向にあります。

[ʏ] は [ɪ] を円唇にしたもので、ドイツ語に出てきます。例えば、ドイツ語で “wüten” という単語の最初の母音が [y] ([i] を円唇にした母音)であるのに対し、”Bütten” という単語の最初の母音は、[y] より低く中舌寄りの [ʏ] となります。

なお、英語の母音の分類においてはしばしば、「緊張母音」(tense vowel)と「弛緩母音」(lax vowel)という分類がなされます。[i] や [u] が緊張母音に分類されるのに対し、それらを若干低く、若干中舌寄りにした [ɪ] と [ʊ] は弛緩母音に分類されます。アメリカ英語の多くの変種において、弛緩母音に分類されるのは [ɪ, ɛ, æ, ʊ, ʌ] の五つの母音で、これらは強勢のある開音節(母音で終わる音節)に現れないという特徴を持っています。「緊張母音」「弛緩母音」という母音の分類は、英語のほかにドイツ語などいくつかの言語で有効ですが、この概念が一般音声学的に定義できるかどうかは専門家の間でも議論が分かれるところです。

参考ウェブサイト

以下のページでドイツ語の [i] と [ɪ]、[y] と [ʏ]、[u] と [ʊ] を聞き比べてみましょう。(なお、”wüten” のIPA表記が [vʏːtən] となっているのは、[vyːtən] の誤りだと思われます。)

二重母音・三重母音

発音している間に母音空間上を一方向に変化する母音を「二重母音」(diphthong)といいます。例えば、[a]の位置から[i]の位置へと移動していくような発音です。

途中で変化の方向が変わるものもあります。例えば、[i]から[a]の方向へ移動し、そこから方向転換して[u]の方向に向かうといった発音です。これは「三重母音」(triphthong)といいます。

国際音声記号では、二つの母音を並べ、際立っていないほうの母音の下に音節副音(non-syllabic)の補助記号 [  ̯  ] をつけて示すことがあります。(必ずつけるというわけではありませんが。)

参考ウェブサイト

以下のページで中国語の二重母音・三重母音を聞いてみましょう。また、IPAでどのように表記できるか考えてみましょう。

母音の鼻音化

子音のところで口音と鼻音の違いを学習しました。そこで述べた鼻音の特徴は、口蓋帆が下がって気流が鼻腔にも抜けるという点にありました。口音か鼻音かの区別は、子音だけではなく母音にも当てはまります。ただ、母音の大半は口音であり、母音において口音と鼻音(ここで述べる「鼻音化した母音」、いわゆる「鼻母音」)を弁別する言語はそう多くありません。

鼻音化(nasalization)とは、鼻音の特徴を持つ、すなわち口蓋帆が下がって気流が鼻腔にも抜けるという特徴を持つことを指します。鼻音化した母音(すなわち鼻母音)は、例えばフランス語にみられます。

IPAにおいて、鼻音化は補助記号 [˜] を別の記号の上に付すことで示されます。例えば、フランス語の “long” という単語の発音はIPAで [lõ] と表すことができます。

なお、鼻音化した母音がそうでない母音(口音の母音)とを音韻的に弁別する言語はそう多くはありませんが、若干の鼻音化を伴う母音が異音として現れるケースは、様々な言語で見られます。例えば、日本語の母音は、撥音(「ン」、音節末鼻音)の前では若干鼻音化する傾向にあります。ただし、例えば「あんこ」という単語において、/a/ (ア)の全体にわたって鼻音化するのではなく、/N/ (ン)に近づくにつれて徐々に鼻音化していくことが一般的です。

参考ウェブサイト

以下のページでフランス語の鼻母音を聞いてみましょう。