接近音(approximant)

接近音は声道のどこかに若干のせばめを伴う子音です。せばめの程度はわずかで、乱気流を生じさせるほどではないのが、摩擦音との違いです。多くの場合、有声音で発音されます(無声音であることを示す場合には、後で学ぶ無声の補助記号が用いられます)。Interactive IPA Chartで接近音と有声摩擦音を聞き比べてみましょう。

唇歯音
ʋ

歯茎音
ɹ

そり舌音
ɻ

斎藤(2006: 42, 44, 46)

※[ɹ] の記号は、調音位置に関して歯音、歯茎音、後部歯茎音を区別せずに用いられます。

硬口蓋音
j

軟口蓋音
ɰ

斎藤(2006: 48-49)

日本語のヤ行音の子音(例えば、「矢(ヤ)」や「夜(ヨル)」の語頭子音はふつう、硬口蓋接近音で発音されます。

英語においてrで綴られる子音が音節頭に現れるとき(例えば “rice”)、多くの場合接近音で発音されます。イギリス英語の多くは歯茎接近音で発音される傾向にあり、アメリカ英語の多くはそり舌接近音で発音される傾向にあります。

以下のIsoko語(ナイジェリア)の例では、有声唇歯摩擦音と有声唇歯接近音の対立があります。聞いてみましょう。

はじき音(tap, flap)

唇歯音

歯茎音
ɾ

そり舌音
ɽ

斎藤(2006: 38-39)

※[ɾ] の記号は、調音位置に関して歯音、歯茎音、後部歯茎音を区別せずに用いられます。

はじき音は、英語では tapとflapという2種類に分けられます(日本語ではどちらも「はじき音」と訳すことが一般的ですが、tapの方を区別して「たたき音」と訳すこともあります)。この両者に共通する特徴として、下部調音体(舌など)が上部調音体(歯茎など)に瞬間的に接触するという点があります。たとえば、日本語で「あら」と発音するとき、ラ行の子音のところで舌先が歯茎に瞬間的に接触するのがわかるでしょうか。これを「あだ」と比べてみると、「あだ」と比べて「あら」の方が接触の時間が短く瞬間的なのがわかると思います。

はじき音は、多くの場合有声音で発音されます(無声音であることを示す場合には、後で学ぶ無声の補助記号が用いられます)。

Tapとflapは区別せずに扱われることが多いのですが、厳密にいえば調音方法に違いがあります。Tapが舌先を急激に上に動かして口の天井に触れさせ、それから同じ経路で口の床の部分に戻るのに対し、flapはある調音器官が後に引かれ,静止位置に戻る途中で別の調音器官にぶつかることによって調音されます(ラディフォギッド 1999: 352)。

英語における母音間の /t/ は、イギリス英語では [t] として発音されることが多いですが(ただし、破裂音のページで説明したように声門閉鎖音 [ʔ] となることもあります)、アメリカ英語では歯茎はじき音 [ɾ] として発音される傾向にあります。以下のページでイギリス英語とアメリカ英語の母音間の /t/ を聞き比べてみましょう。

唇歯はじき音はアフリカ中央部の複数の言語に観察されます。[ⱱ] の記号は2005年の改訂ではじめてIPAに追加されました。下唇を後方にひき、前方に動かす過程で上歯に接触させることにより発音されます。以下のMono語(コンゴ民主共和国)の唇歯はじき音の動画をみてみましょう。

Labiodental flap in the Mono language (Democratic Republic of the Congo) (Ken Olson)

ふるえ音(trill)

両唇音
ʙ

歯茎音
r

口蓋垂音
ʀ

斎藤(2006: 37-39)

※[r] の記号は、調音位置に関して歯音、歯茎音、後部歯茎音を区別せずに用いられます。

一つの調音器官がゆるんだ状態で別の調音器官に接近した位置にあるとき、そこを気流が通ることで調音器官がふるえることで調音されます。多くの場合有声音で発音されます(無声音であることを示す場合には、後で学ぶ無声の補助記号が用いられます)。

Kele語・Titan語(パプアニューギニア)の例を聞いてみましょう。

以下はシューベルトの歌曲「野ばら」の動画です。口蓋垂ふるえ音がわかるでしょうか。

Schubert Heidenröslein Peter Schreier (elegant110)

中線調音と側面調音

これまで扱ってきた摩擦音・接近音は、全て中線調音(central articulation)と呼ばれるものでした。中線調音は、隙間を真ん中につくるタイプの調音です。それに対し、側面調音(lateral articulation)をする摩擦音・接近音もあります。側面調音では、隙間を舌の脇(片側または両側)につくります。典型的なのが英語などの [l](エル)で、舌先を歯茎にくっつけ、側面に隙間をつくります。単に「接近音」「摩擦音」というときは、中線(的)接近音、中線(的)摩擦音を指すことが多いです。一方、側面調音による接近音、摩擦音は側面接近音、側面摩擦音と呼ばれます。

以下では、側面接近音と側面摩擦音を見ていきます。

側面接近音(lateral approximant)

歯茎音
l

そり舌音
ɭ

斎藤(2006: 53)

※[l] の記号は、調音位置に関して歯音、歯茎音、後部歯茎音を区別せずに用いられます。

硬口蓋音
ʎ

軟口蓋音
ʟ

斎藤(2006: 54-55)

側面接近音は、上で述べたように、側面調音による接近音です。多くの場合有声音で発音されます(無声音であることを示す場合には、後で学ぶ無声の補助記号が用いられます)。

英語の音節頭の /l/ (例えば “light” の語頭子音)は側面接近音で発音されるのが普通です。

以下のリンクからイタリア語の硬口蓋側面接近音、Melpa語(パプアニューギニア)の軟口蓋側面接近音の例を聞いてみましょう。

側面摩擦音(lateral fricative)

IPAにおいて、側面摩擦音の記号は歯茎音(もしくは歯音、後部歯茎音)にのみ用意されています。無声音と有声音の記号がそれぞれ用意されています。

無声
ɬ

有声
ɮ

斎藤(2006: 52)

側面摩擦音は、上で述べたように、側面調音による摩擦音です。調音の際の舌のかまえは側面接近音とほぼ同じですが、側面の隙間を狭くすることで摩擦を生じさせます。

側面摩擦音は私達にとってなじみのある言語にあまり観察されませんが、世界を見渡すと様々な地域の様々な言語に観察されます。以下のリンクからズールー語(南アフリカ共和国)の例を聞いてみましょう。

以下の動画はウェールズ語(英国)の無声側面摩擦音の解説です。

Welsh lessons – Beginner – How to pronounce LL (Gwyneth Angharad)

英語の /r/ と /l/

最後に、上に述べたことと一部重複しますが、英語教育においてしばしば話題になる英語の /r/ と /l/ の調音についてまとめておきます。

英語の /r/ は(中線的)接近音の [ɹ] または [ɻ] として調音されることが一般的です。一方、/l/ は側面接近音 [l] として調音されることが一般的です。中線的接近音と側面接近音の違いは上のセクションで述べた通りですが、自分で発音してみる際に感じることのできる最もわかりやすい違いは、上歯茎の裏のあたりに舌端が接触するか否かにあります(/r/ は接触しない、/l/ は接触する)。

なお、英語の /r/ のもう一つの特徴は、([w]と同様の)両唇の接近を伴いがちだという点にあります。つまり、唇を丸めてとがらせて([w]のように)発音する傾向にあるということです。これは中線的接近音全般に当てはまる特徴ではなく、英語の /r/ に特有の特徴です。一方、/l/ はこの特徴を持ちません。

以上をまとめると、次のようになります。

調音の方法両唇の接近
英語の /r/ [ɹ~ɻ]中線的接近音(舌端が上歯茎の裏付近に接触しない接近する(唇を丸めてとがらせる)
英語の /l/ [l]側面接近音(舌端が上歯茎の裏付近に接触する接近しない